2019年12月19日木曜日

12/19: 疲れ

肉体的にも精神的にも衰弱が著しい。疲れ切っている。
何度も何度も「彼女」が夢に出てくる。何も特別な内容ではなくて、ただ話をする、挨拶をする、それだけの夢である。だが、目覚めて、それが夢であったことに気付くと、深い絶望感に襲われる。挨拶をする、ただそれだけのことが夢の中でしか叶わないのも絶望的であるし、自分が未だに立ち直れていない、立ち直れる見通しが全く立たないというのも絶望的である。
暗澹たる気持ちになって研究に集中できない。この気持ちを振り払うべく、体にカフェインを注ぎ込んで、スマートドラッグを飲み、無理にでも研究や勉強の時間を増やしてみた。そうしたら風邪をひいてしまった。喉が痛くて寝付けない。免疫力が低下しているらしく、熱が引いてからも咳が長引いていてなかなか治らない。悪循環の中を深く深く沈んでいる。もうボロボロである。これからに関しても、今より悪くなる予感こそすれど、今よりも上向く感じがしない。
栄養ドリンクを飲んで、アリナミンを飲んで、睡眠薬を飲んでもなお疲れが取れないほど、疲れきってしまった。

2019年12月14日土曜日

12/14

一日中鼻をかんでいたら鼻の下が痛くなった。

12/13: 微熱

風邪をひいた。頭が痛く、微熱がある。一日の半分以上眠っていた。一応大学には行ったものの、早退して講義は休んでしまった。

2019年12月11日水曜日

12/10

また夢に「彼女」が出てきた。振られてから既に7ヵ月経っているが、未だに私は立ち直りきれていない。日中は元通りのように振舞えているが、それは意識の力で「彼女」のことを抑え込んでいるだけのようだ。その証拠に、催眠にかかって意識がぼやけて心のロックが外れると必ず脳裏に彼女のことが思い浮かんでしまう。彼女は私の深層意識に刻み込まれてしまっている。「バーチャルデート催眠」であんなに号泣してしまったのもそういうことなのだろう。

誰か特定の1人を選んで交際するということに言い得ぬ怖さを感じる。それは私に交際経験がなく、私にとって交際が未知であるところから来ているのだろう。そして、更に源流を辿れば、両親に対する観察がもたらした恋愛に対する慎重さということになる。
周りの友人などの多くに交際経験がある。なんだか置いていかれてしまったように感じる。今の私は異性に強い興味がある。恋を楽しんでみたいという気持ちがある。けれども、その反面、強烈な恐怖も感じるのだ。何かを選ぶということは、他を捨てるということであり、可能性を消すということだ。選択には不安がつきまとう。
私は彼女に会うとドキドキした。しかし、彼女に対して感じたのは、それだけではない。ドキドキとは正反対のようであるが、どこかホッとするような安心感もそこにあった。私は、彼女の誠実で、真面目で、飾り気のない性格を知っていた。彼女が優しくて温かい人柄をしていることを知っていた。だから私は彼女を信頼できた。彼女のそんなところが、好きで好きで仕方がなかった。私の「好き」という感情の中身は、ドキドキとほんわかの相反する二つの要素から成っていた。

「荒乙。」の漫画を読んだ。主人公が「えすいばつ」のことを考えたくない、けれども「えすいばつ」するなら泉がいい、と語るシーンがある。これには大きく共感した。私は、今も、えすいばつを自分ごととして捉えることができていない。自分がえすいばつすることを想像できない。えすいばつに興味はある。でもそれを実際に行うことを思うとどうにも怖い。底知れぬ不安を感じる。
だから、もしえすいばつをするとすれば、初めては安心できる相手がいい。「彼女」がいい。「彼女」以外は考えられない。今の自分にとって、恋愛に関する不安を取り除いてくれそうな相手は彼女しかいない。
私は、未だに彼女のことが好きだ。今も、こんな文章を書いたせいで、無理矢理抑え込んでいた感情が溢れ出して、胸が詰まって、息が苦しくて、目はもう泣き始める寸前で、頭が痛くて、その場で倒れ込んでしまいそうだ。彼女のことが好きで、どうしようもなく好きで、好きで、それなのに彼女を好きでいることはもう許されなくて、彼女のことが好きな自分が気持ち悪くて、どうすればいいのかわからない。この葛藤のために、生きていることそれ自体が、苦しくて仕方がないのだ。

2019年12月4日水曜日

12/3: 歯石除去

最近、乳房が若干大きく丸くなってきていて、危機感を覚えている。測ってみたところ、乳房の盛り上がりの高さが5 mmほどあった。服と乳首が擦れると、心なしか、痛いようなこそばゆいような感覚がある。調べてみたところ、どうも服用しているドグマチールが原因のようである。胸筋を鍛えてごまかさねばならないと焦っているが、めんどくさくて筋トレは毎回三日坊主で終わってしまう。

歯医者に行って歯石を除去してもらった。すっきりして気持ちが良い。このスッキリ感が好きなので、歯医者は年に数回、定期的に行くようにしている。治療というより、むしろ趣味の一環なのかもしれない。
毎日歯科衛生士に歯を磨いてもらいたいものである。